現在の研究テーマ:インターロイキン(IL)-11産生細胞を介した生体制御機構の解明
生体の恒常性維持は、健康と疾患の境界線を決定する重要な機構です。この恒常性は、上皮細胞が外界との物理的バリアとして機能することで維持されています。しかし、上皮細胞が損傷を受けると、周辺細胞からのサイトカイン分泌を介して複雑な修復・防御機構が作動します。この精緻なバランスの崩壊は、慢性炎症やがんなどの深刻な病態につながる可能性があります。
私たちは、この生体恒常性維持機構の中核を担う分子として、インターロイキン11(IL-11)に焦点を当てて研究を進めています。私たちは従来、有害と考えられていた酸化ストレスに応答して、IL-11が誘導されることを見出し、IL-11が実は重要な組織修復因子であることを発見しました(Nishina et al, Sci. Signal., 2012)。さらに、環境中の親電子物質もIL-11産生を誘導し、その毒性に対する防御機構として機能することを明らかにしました(Nishina et al, J. Biol. Chem., 2017)。
IL-11は、そのノックアウトマウスが雌性不妊以外に顕著な異常を示さないという特異性が存在します(Deguchi, Nishina* et al, Biochem. Biophys. Res. Commun., 2018)。しかし、様々な疾患でIL-11の過剰産生が報告されており、その厳密な制御機構の解明が急務となっています。
この課題に取り組むため、私たちは独自のIL-11レポーターマウスを開発しました。この革新的なツールを用いて、大腸がんや炎症性腸疾患におけるIL-11の動態を可視化することに成功しました。その結果、これらの病態では主に線維芽細胞がIL-11を産生し、がんの悪性化に関与することを発見しました(Nishina* et al, Nat. Commun., 2021)。一方で、IL-11が潰瘍性大腸炎の軽減にも働くという、一見矛盾する機能も明らかにしました(Nishina et al, iScience, 2023)。
現在、私たちは、IL-11とその主な産生細胞である間質細胞・線維芽細胞を中心とした生体制御機構の全容解明に取り組んでいます。このために、生化学、分子生物学、遺伝学的手法に加え、最先端のイメージング技術、さらには独自に開発した新技術を駆使しています。
この多角的アプローチにより、IL-11や間質細胞を介した生体恒常性維持機構の理解を深め、難治性疾患に対する革新的な治療戦略の開発につなげることを目指しています。
私たちは、「有害」と「有益」の境界線を再定義し、生体の巧妙な自己防御機構を明らかにすることで、医学生物学の発展に貢献したいと考えています。